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 『誰も知らない』の現実

映画『誰も知らない』にはモチーフになった実在の事件があります。それは、1988年夏に起きた「巣鴨子供置き去り事件」です。

この事件については、以下のサイトで詳しく紹介されています。

http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/family.htm (※1)
http://ifinder.jugem.cc/?eid=190 (※2)

これらの記事を読めばわかるとおり、映画と現実の最も異なる点は、長男が友人と共に妹に暴行し、死なせたとして逮捕されたことです。ただし、この事実認識にはいささか誤解がありまして、実際に妹を死なせたのは友人だといわれています。事件の発端は、妹が友人のカップラーメンを食べてしまったことでした。長男はその友人の手前、最初は妹を軽くせっかんしましたが、その後の友人の暴行には加わらず、むしろ「やめろ」と友人を止めました。
しかし、このように最初のせっかんに加わった以上、その後の死亡との因果関係を否定することは法律上困難だったようです。

その結果、友人は14歳未満だったため刑事責任は問われませんでしたが、長男は教護院に送致されました。ただし、傷害致死の事件としては異例の軽い処遇です。

そして、この事件は当時の社会に大きな反響を呼びました。長男や子供達に同情的な新聞報道の影響もあってか、子供達にはぞくぞくと寄付や激励の手紙が寄せられました。その一方で、近所には「なぜ、子供の面倒みなかった」といった批難投書や無言電話が寄せられたそうです。

この事実からは、当時の人々のやるせない怒りが感じられます。事件の責任は長男にもあるかもしれませんが、それ以上に母親に責任があるような気がします。しかし、女手一つで4人の子供を育てることの苦労を考えずに、母親を批難できません。父親はどうでしょうか。子供の出生届も出さないままで、母子を残して蒸発した父親の責任は、母親以上に重いものではないでしょうか。
また、母親が長期不在を始めたころ、長女は警察に「助けて」と何度も電話していたそうです。翌日警察が訪問したときには母親が家にいたため、警察は注意をしただけで引き返したといいます。コンビニの店長も、毎日買い物に来る長男を怪しいとは思いながらも、事件を阻止することはできませんでした。

この事件の問題を考えますと、他人の家庭内問題にはなかなか干渉できないという社会的事情が大きかったのではないか、と思います。当時はコンビニなどが普及しはじめた頃で、まだこうした社会の変化に対する不安や警戒があったのかもしれません。このような事情が、この事件に対する社会反応の背景に存在したのではないでしょうか。

このように現実の事件を調べますと、なんとなくですが、この映画をフィクションに留めた制作者の考えがわかるような気がします。この事件を映像化して掘り返すことは、事件の当事者達にとってあまりに酷だと配慮したのでしょう。しかし、それと同時に、このような子供達の存在を世間に知らしめることの意義も大きいものと考えたのかもしれません。(※3)

実際、このような「誰も知らない」子供達はほかにも存在します。
昭和60年の全国社会福祉協議会養護施設協議会の調査では、養護施設にいる2万8000人のなかで、入所時に戸籍のなかった子供は146人いました。そして、そのような戸籍のない子供について出生届する場合には、それを受理してよいかどうか市町村は法務省に判断を求めますが、そのような「出生届受理伺い事件」は、1158件(昭和62年)もあったそうです。(※4)
また、戸籍があっても、親が住民届けをしないため学校に行けない子供も少なくなく、文部省の学校基本調査によると、1年以上行方がわからない「居所不明児」は当時533人だったそうです。

当時から20年ほど経ちました、現在はどうでしょう。


 補足

※1 国内外の猟奇事件を紹介しているサイトです。「巣鴨子供置き去り事件」についても、物語調で紹介されています。ただ、私が調べた資料と照らし合わせると、ところどころに資料にはない記述が見受けられます。とくに、関係者の内面描写や動機などは、おそらく筆者の創造ではないかと思われます。この点、ご注意ください。

※2 当時の朝日新聞の記事を掲載されています。

※3 この点、是枝監督自身が「自分は育児放棄防止ビデオを作っているわけじゃないですから」と述べられていることから、私の思い込みにすぎなかったようです。詳しくは、「これえださんの台本見せて下さい。」をご参照ください。

※4 若穂井透「付添人活動をふり返って」ジュリスト928号より。著者の若穂井透さんは長男の付添人を務めました。

なお、本記事を書くにあたっては、上記紹介サイトのほか、当時の朝日新聞・読売新聞の記事、母親の刑事判例、ジュリスト928号を参考にしました。


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